あなたは自分の可能性をどれくらい信じていますか?

世の中には自分の可能性を
自分自身で狭めてしまう人がたくさんいます。

「どうせ俺なんて…」
「今から始めたって…」

あなたもこんなフレーズを口にして
自分の可能性を狭めていませんか?

世間一般で言う大成功者とは
自分の可能性を疑うことができない人間だと
私は考えています。

だから、前人未到の偉業を成し遂げられるのだと思います。

そもそも、前人未到の偉業というのは
過去に達成した人がいないわけで
イメージ力と既成概念を打ち破る力がないと
達成は困難と言えるでしょう。

世の中にはこんなすごい人たちがいます!

「自分とは違う」という言葉は
ひとまず飲み込んで、読んでみてください。

皆さんは津田真男という人物をご存知でしょうか?

彼は、名門進学高校の
東京教育大学附属高校(現・筑波大学附属高校)に
進みながら、サッカーに熱中。

二浪して東海大学に入学します。

大学生活では麻雀などに明け暮れ
同級生らが社会で活躍し始めたことに焦りを感じます。

そして、彼は22歳のとき突然
「そうだ、オリンピックで金メダルを取ろう」と思い立ちます。

なかなか、20歳を過ぎて漠然と
「金メダルを取ろう」と考える人は少ないと思います(笑)

まして、この段階では
何の種目に参加するかも決まっていませんでした。

出場できそうな種目を探し
ボート競技の種目のうち
一人でもできるボート(シングルスカル)に決めます。

コーチもトレーナーもなく
たった一人でボート(シングルスカル)の選手を目指し
ついにモスクワ五輪の代表となるも
日本のモスクワオリンピック不参加により
出場はかないませんでした。

詳細は山際淳司の短編集
『スローカーブを、もう一球』で
「たった一人のオリンピック」として書かれています。

彼は金メダルを取ることは叶いませんでしたが
それでも22才のときの思いつきをあきらめずに
オリンピック出場を決めたのは≪偉業≫といえるでしょう。

(ここでの教訓)

ビジョンを見つめ、工夫することで偉業は生まれる!

さて、二人目の偉人は
中日ドラゴンズの元監督、落合博満氏です。

以下はWikipediaに書かれている落合氏の経歴の抜粋です。

中学・高校時代は
年間100本もの映画を観賞するほどの映画少年だった。

高校では野球部に在籍していたが
野球をしている時間よりも映画館にいる時間の方が長かった。

高校卒業後、東洋大学に進学するが
先輩がタバコを手にしたら素早く火をつける等といった
体育会系の慣習に納得できず
わずか半年で野球部を退部し、大学も中退。
秋田に帰ってしまった。

その後、ボウリングのプロを志すが
プロテスト受験の際にスピード違反で捕まって
罰金を支払ったことで受験料が払えなくなり
受験できず、これも挫折してしまう。

しかし、才能を惜しんだ高校時代の恩師の勧めもあって
東京芝浦電気に府中工場所属の季節工として入社。

同工場の社会人野球チーム・東芝府中に加わった。

ここで頭角を現して
1978年アマチュア野球全日本代表に選出され
同年のドラフト会議でロッテオリオンズに
3位指名されて入団した。

(ここでの教訓)

不運は幸運の始まりだと認識しあきらめずに努力しよう!

今度は海外の偉人の経歴です。

ジョゼ・モウリーニョ氏は
イタリアセリエAのインテルの監督で
報酬は年900万ユーロ(約14億円)とも言われ
世界で最も給料の高いサッカー監督の一人です。

しかしながら
何と彼はプロサッカー選手の経験がありません。

では、なぜプロサッカー選手でない
モウリーニョ氏は、監督になることが
できたのでしょうか?

実は彼は
もともと語学が堪能で通訳をしていました。

やがてサッカーチームの通訳として
プロサッカーチームのスタッフ入りを果たしました。

当時の監督は
通訳としての力はもちろんのこと
モウリーニョ氏が作成する
相手チームの分析レポートの素晴らしさに感動。

モウリーニョ氏のサッカーセンスに
魅了された当時の監督は
彼を決して手放そうとしませんでした。

そこから彼は
数多くの有名クラブの監督を歴任して
世界トップクラスの監督になりました。

(ここでの教訓)

簡単な仕事でも、一生懸命やろう!道は開ける!!

続いて、ガブリエル・バティストゥータ氏は
元アルゼンチン代表のストライカーで
数多くの名サッカープレイヤーを輩出してきた
アルゼンチンの中でも
引退した今もなお、語り継がれる名プレーヤーです。

バティストゥータ選手は
なんと大学からサッカーを始めたのです。

スポーツ選手の中には、幼少のころから
英才教育を受けてきた選手が数多くいる中で
大学からサッカーを始めて
世界的な名プレーヤになる人間もいるんですね。

ちなみに、
03年の医師国家試験の最年長合格者は66歳
06年に行われた、新司法試験の最年長合格者は58歳
でした。

(ここでの教訓)

物事を始めるのに遅すぎることはない!
年齢なんて気にせずに前に突き進め!!

皆さんも年齢や環境を言い訳にせずに
自分の可能性を信じてください!

自分の中にある既成概念にとらわれずに
目の前の問題に立ち向かっていってください。

一風変わった経歴を持つ世界の偉人たちを
ご紹介させていただきましたが、

多くの人が
「前例がないから」「年だから」と
自分で言い訳をしてしまって
無限の可能性を不意にしています。

自分というものを信じてあげられるのは自分だけです。

それなのに、周りよりも先に
自分自身があきらめてしまうのはもったいないことですし
何よりあなた自身に失礼だと思いませんか?

人は自分の想像以上の大きさにはなかなかなれないものです。

ですので、想像上の自分というものは
どんなに大きくても大きすぎることはありません。

なぜなら、今回ご紹介した偉人たちのように
想像以上のことは起こるのです。

自分で自分の可能性をつぶしてしまいそうになったら
是非、この記事を思い出し
無限の工夫力を発揮していってください。